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2019.03.29 Fri第1回 理論部会・勉強会
(3月30日@東大本郷キャンバス)

第1回 変人類学理論部会勉強会
テーマ:ジャズとグラフィティ
話題提供者:大野元己

1.はじめに
・逸脱としての変人
→社会学・社会心理学などにおける「逸脱」研究。
デュルケム:「社会生活には個人に外在し、客観性を帯び、各自の意識を拘束する力を有する社会的力が作用する。」(宝月 2004: 11)
→逸脱は、
①社会的に構成され、
②個人の外部に存在する社会的力が個人の意識(アイデンティティ)を規定する。

・社会学における逸脱に対する3つの視座(宝月誠:2004)
①社会的に定められた「正常」に対して有害な行為などがあった場合にそれは逸脱と見なされ、その行為・行為者・状態は治療の対象として見られる。社会病理学。
②行為の属性よりも、社会的に規定された規範・規則に関連させて逸脱を定義する。
③相互作用論。誰かが特定の行為を逸脱とみなし、ある人を逸脱者と判断し、その認定が社会的に受け入れられていく過程を分析する。
→本章では、相互作用の中で他者から逸脱とみなされる・レッテルを貼られる中で本人の逸脱者としてのアイデンティティが構成されていく議論を概観する。

2.逸脱と変人

2-1.コインの裏側としての変人:犯罪者と行政
・ランドル・コリンズ:犯罪が生まれる過程の、保守的な説明とリベラルな説明の両方を批判。(コリンズ 2013)
保守的な説明は、犯罪者は本質的に悪人であるとし厳罰を要求。リベラルな説明は家庭の機能不全や貧困などの環境要因に犯罪を起こす理由があるとし、犯罪者の社会復帰や職業訓練に関する多くの努力を生み出した。
→逸脱に関する双方の見解に疑問を呈するのがラベリング論。

・犯罪者の成立過程
前提1:貧困地域での犯罪はリベラルな見解が想定するよりも少なく、また裕福な地域での犯罪は想定されるよりも多い
前提2:愛他的でリベラルな社会政策は、犯罪の抑制にあまり効果がないどころか、再犯のための組織的基盤を提供する。
→この矛盾を、検挙される側の心理学的な側面と、検挙する側の組織論的な側面で説明。

プロセス1:若いうちは、多くの人が万引き・喧嘩・マリファナくらいの何らかの軽犯罪を犯す。しかし、白人エリート層は多くの場合検挙されずに若気の至りで済まされ、黒人貧困層が住んでいる地域では警察が重点的に取り締まりを行っているために逮捕される。

プロセス2:逮捕・処罰された瞬間に、他の人と同じだと思っていた自己アイデンティティが境界線を超え、犯罪者という「向こう側」へ越境する。このアイデンティティは、個々の司法・行政プロセスや刑務所での体験、他者からのレッテルなどで強化されていき、後戻りができない。リベラルで改良主義的な犯罪統制・構成機関も、犯罪者としてのアイデンティティを思い起こさせる効果を持つ。

プロセス3:犯罪者アイデンティティの強化+前科者はさらに警察にマークされることから、再犯率が高くなり、またより重い犯罪へ繋がることもある。

・ラベリング論の特徴
①他者からの視線・レッテルが、自身のアイデンティティーとして実現されていく。
②逸脱的アイデンティティの成立と社会構造は切り離せない。社会の統合を促進するために、逸脱が社会的ネットワークに絡みとられていく。正常と逸脱は相補的で、同じコインの表裏にある。
③逸脱の原因を内的要因・外的要因からのみ説明するのではなく、そこに時間軸を導入することで、レッテルや視線が本人のアイデンティティになっていくラベリングの過程を一つ一つ分析する。「継時的な変人」

2-2.相互承認としての逸脱:ジャズミュージシャンとスクウェア
ベッカー『アウトサイダーズ』:ラベリング論の古典。
コリンズの議論が正常/逸脱の作用・反作用に主な焦点を当てているのに対し、ベッカーは逸脱者内でのアイデンティティの相互承認に着目。

ジャズ・ミュージシャン:その文化と生活様式は地域社会から見ると奇異に満ちたもので、アウトサイダーのレッテルを貼られる。ここで逸脱とみなされる人々は、彼らの行動に関する彼らの見解が社会の他の成員に共有されないという問題を抱える。社会の内部で、それとは独自に機能するので、下位文化(サブカルチャー)と呼ばれる。
→彼らの内部で、「ジャズという本当の音楽」に関する相互の了解が生まれる。他方で、生きるためには、ジャズミュージシャンがサービスを提供する対象である外部の成員向けにコミュニティ内の了解に反する演奏をしなくてはいけないというジレンマ。
→地域社会にとってジャズ・ミュージシャンがアウトサイダーであるのと同様、ジャズ・ミュージシャンにとっては地域社会がアウトサイダー(スクウェア)。ジャズミュージシャンはスクウェアとの差異を強調することで、奇人であることが職業的価値となる。その信念を侵すスクウェアをミュージシャンは恐れ、自己隔離を行う。

→逸脱集団としての価値観を共有し、彼らの文化はアウトサイダーとの対立関係によって形成される。生活のために逸脱集団内でのネットワークを形成する。アウトサイダーからのラベリングと無理解を軸として、逸脱が集団的に承認されていく。

3.コミュニケーションの変化と変人
内外からの視線が逸脱者としてのアイデンティティを形成していくというラベリング理論
→この視線のあり方に変化が起きている。ラベリングで前提とされているのは、基本的に狭いコミュニティ内での対面的接触。しかし、対面でなくても視線が存在する現代社会でのアイデンティティの確立の議論が存在する。

3-1.越境としての変人:グラフィティ
・グラフィティ:60年代にニューヨークで誕生。落書きとの違いとして、落書きは意味のある記号であるのに対し、グラフィティは名前を書き記すだけの「空っぽな記号」(ボードリヤール 1982)
同様にサブカルチャーに属するジャズとの共通点として、
①グラフィティ文化内部での価値の相互承認(リテラシー)の存在
②独自の文化を持つのにも関わらず、外部からは理解されず、アウトサイダーによって落書きやアートなどの理解可能な枠組みに回収される。
③無理解・レッテルへのイラつきから、アウトサイダーによる同化を拒否して接触を回避する。
→他者からの視線を軸にした逸脱文化の構成

しかし、独自性も存在する。
①本来的に犯罪であり、行為を他者に見られるわけにはいかないので、その文化・アイデンティティーは内外との対面的コミュニケーションで成立するわけではない。ゴーイング・オーヴァーによるヒエラルキーの確認や、タギングによる仲間意識の醸成。
②規律訓練型権力(フーコー「自己のテクノロジー」)→環境管理型権力(大山 2015)。監視カメラを意識しないわけにはいかない上に、公共空間に絵が残るので、「見られているかもしれない」から「見られている」への意識の変化。(cf. ゴッフマン:「視線」だけでなく「視線の可能性」もスティグマとなり、アイデンティティを規定する。特にゲイなどの、一見してわからないスティグマの場合)
③アウトサイダーを忌避するだけでなく、アウトサイダーとの境界線としての公共空間を自己のアイデンティティの表現の場として利用する。
→バンダリズム的なグラフィティ。グラフィティをアートに回収しようとするアウトサイダーによる同化の動きを明確に拒否しつつ、グラフィティというハイ・コンテクストなものをリテラシーを共有しない人の視認できる場所に描く。越境的な逸脱。対面的なコミュニケーションが不在でも、他者からの眼差しを「つながり」という承認の可能性へとつなげる。(ボードリヤール:グラフィティは都市の肉体化)
→他者からの視線をテコにして、もう一人の自分のアイデンティティを自ら構成していく。

3-2.情報としての変人:ハイパー自己意識
対面でなくても視線が存在するもう一つの事例として、ICT。

・ルチアーノ・フロリディの情報哲学
社会環境や関係のネットワーク・情報の流れ、世界への自分の見せ方や自分自身に対する自分の見せ方が変わると社会的自己が書き換えられ、パーソナル・アイデンティティの形成につながる。
→ハイパーヒストリー世代(ICTなしには成立しない社会に生きている世代)にとって、「オンライン上でのパーソナル・アイデンティティに思いを巡らし、真剣に構築過程のものとして扱い、日々形成し直すこと」は自然(フロリディ 2017: 82)。ハイパー自己意識。どんなに些細なデータでも、ある人自身のパーソナル・アイデンティティを説明する助けになる。
現代のインターネットは匿名性に特徴付けられるのではなく、何億人もの人々に見られていることで、自分が何者になることを望んでいるかをいかに最善の方法で示すかが問題になる。
情報有機体:我々は情報環境の中で生きる情報有機体。情報環境を、他の自律的に情報処理する情報エージェントと共有する。相互の認識というナラティブ(情報)によって社会的自己が構成され、それが意識の同一性や記憶という情報としてアイデンティティになる。個人は自分自身の情報であり、ICTはこの情報のパターンを大きく変える。

タークル:オンライン上でのコミュニケーションでは、「編集済みの、より良い自己」を示すことができる。実の自己と、オンラインのやり取りの召喚できる自己とのギャップは、人間的成長にも繋がり得る。バーチャル世界で望ましい資質に取り組み、やがてオフラインでその資質がもたらされる。

大谷:デジタルスティグマ。過去の自分自身で公表した個人データは、「現在の自分のアイデンティティの一部ではないと思っていてもインターネット上で半永久的に消えることはない。」(大谷 2017:13)特に犯罪歴などでは、更生や社会復帰の妨げになる。(ゴッフマン:思い返す機会を与えられること自体がラベリングの強化につながる)

4.まとめ
・ラベリング:逸脱・変人性を、内的・外的要因のみに還元するのではなく、他者からの視線・扱いと、それが自己のアイデンティティになっていく過程を継時的に分析する。アウトサイダーは他の人たちと相補的・相互的に構成し合う。

・4つの変人像?
1.コインの裏側としての変人:正常と逸脱は相互に構成し合う。
2.相互承認としての変人:逸脱集団内で、アウトサイダーとの差異のために逸脱性を相互承認し合う。また、正常と逸脱はお互いにアウトサイダー。
3.越境としての変人:理解されない、という自身の逸脱性を、むしろ自己承認・形成の手段として活用する。
4.情報としての変人:変人性を情報として管理する

・シカゴ学派やラベリング論などの逸脱研究の古典は、基本的に狭いコミュニティ内での対面のラベリング・スティグマの付与を問題にする。しかし、現在の他者の視線から構成されていく変人は、必ずしもこの図式に当てはまらないと感じる。
→他の議論として、シカゴ学派などと同様都市の問題を扱いながら非対面のコミュニケーションについて語るグラフィティ、都市という場すら想定しない情報社会論、匿名性/非匿名性と対面/非対面を区別するシュッツの議論などはしっかりと追いたい。

・逸脱とコントロール、という図式は犯罪と取り締まり、権力と抵抗という図式に矮小化される傾向があると感じており、もうちょっと広い文脈で見たい。バンダリズム的なグラフィティは明確に犯罪でありながら反政府活動(プロテストのための落書き)とは区別されるもので、ポテンシャルがあると感じる。)

5.参考文献
大谷卓史(2017)『情報倫理:技術・プライバシー・著作権』
大山エンリコイサム(2015)『アゲインスト・リテラシー:グラフィティ文化論』
ゴッフマン, アーヴィング(2001)『スティグマの社会学:烙印を押されたアイデンティティ』
タークル, シェリー(2017)『一緒にいてもスマホ:SNSとFTF』
フロリディ, ルチアーノ(2017)『第四の革命:情報圏が現実をつくりかえる』
ベッカー, ハワード(1978)『アウトサイダーズ:ラベリング理論とは何か』
ボードリヤール, ジャン(1982)『象徴交換と死』
宝月誠(2004)『逸脱とコントロールの社会学:社会病理学を超えて』
吉見俊哉ほか(2007)『路上のエスノグラフィ:ちんどん屋からグラフィティまで』
ランドル・コリンズ(2013)『脱常識の社会学:社会の読み方入門』