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〜考えること⑥

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「宮澤宏平さん」
〜考えること⑥インタビュアー:松下光

今日のインタビューは宮澤宏平さん。
7人目の投稿になります(^^)

今日の記事は、
少し長くなってしまいました!
今日まで書いてくる中で、
どんな言葉を残していくのが
1番想いをつたえられるのか、
でも、読みやすいのか…

迷いながら、決めながら更新しています。

と、いうことで
今回は、少し長めです!

宮澤さんの
素敵な生き方、考え方が伝われば
うれしいなあと、思います。

では!いきます!!

※インタビュー時(2017年9月17日)は、フリースクール運営中。
 その後LITALICOに入社されています。

活動的な大学時代

いつから教育に興味を持ったんですか

具体的に進路として考えたのは高2かな。

そのまま大学時代もずっと先生になろうと思っていました。

先生になろうという目線で授業も受けたし、
所属していたサークルで、児童館や学童、
特別支援学校でのボランティアをしていました。

自然教室の付き添いをやったりね。

いろんなところに顔を出してたから、
大学4年間つねに
教育実習をやっていていたような感覚ですね。

特別支援学級での気づき

特別支援学級に異動した理由を教えてください

公立の小学校の担任をしている時に
学習に難しさを感じている子がいたりとか、
ちょっとこの子ボーダーじゃないかな
って思った子に対して、
結局何もできなかった1年間を過ごしたんです。

これじゃだめだなぁと思って
ちゃんと障害児の支援の仕方とか、関わり方を
もう1回学び直そうと思って異動願いを出しました。

異動したあとはどうでしたか?

それがすごく楽しかったんです。

異動した先の学校が新設されたところだったので
色んなところから集まってきた先生たちと
一緒に立ち上げる経験をしました。

どんなところが魅力でしたか??

僕が持ったクラスが
3,4,5年生が一緒にいるクラスだったことかな。

今まで、3年生なら3年生っていう
1学年だけしかみていなかったのを、
3学年を一緒にみるっていう経験をしました。

でも逆にそれがすごいしっくりきたんです。

しっくりの理由ってありますか??

元々大学生のころから海外の教育に興味があって、

僕が学生の時は、フィンランドが注目されている時で、
PISAがどうのとかそういう話を友達としていました。

オランダには異学年で取り組む学級
っていうところもあって、

いいなとは思いつつ、
でも日本だと難しいだろうなあと思っていたんです。

でも、その時の特別支援学級の経験が、
海外はこういう感じなのかなー!と思って、
すごい楽しく3年間やっていました。

先生を何でやめることになったんですか?


2017年のマインドマップ

一番の理由はやりたいことが溢れすぎて。笑
それができなかったことが理由かな。

さっきの話にも繋がるんだけど
特別支援学級は自分でカリキュラムを組めるのね。

異学年を同時に見ているから普通のやり方じゃできないし、
子どもの学習進度もバラバラ。

だから自分で
その子にあったカリキュラムを作っていました。

海外の教育とか本とかも見ていく中でなんかだんだんと

子ども自身が、一番自分自身の発達段階を
理解してるんじゃないかって考えに至ったんです。

なにかエピソードがあったんですか??

例えばその子がコンパスにものすごい夢中になっていたら
きっとこの子は今、コンパスを学びたくて仕方がないんだなと見ていて思った。

こっちが使い方を教えるよりも
きっともっといろんなことに気づいて
学んでいるんだろうって。

はたからみたら、その子は自分の好きなことばかりして、
楽をしているように見えるんだけど。

でもコンパスを上手に使うのって、
その子にとっては難しくて、
好きだからこそ何回もチャレンジしている姿を
障害児だからこそダイレクトに見せてくれました。

その時に、
子どもって本来みんなこうなんだよなーって思ったんです。

そこから辞めるまではどんな過程があったんですか?

その気づきの後から、
じゃあ宿題はいらないんじゃないかとか、
授業のスタイルもこっちから
「じゃあ今日は掛け算やるんだよ」
ではなくて、
「今日何やる?いいね!じゃあそれをやろうよ」
っていう形で進めていくスタイルがいいなって思って。

それをやっていたんだけど、
あまりにも周りとかけ離れたやり方をしていたもんだから、
先生方や保護者からもあんまり良くは思われなくて。

子供は生き生きして学んでいるんだけど、
周りから見ると子どもは好き勝手して
先生は指導していないって思われて
やっぱり納得してもらえなかった。

あとは、
不登校の子からたくさんのメッセージをもらったんだよね。

不登校の子??

うん。
学校教育どうなの?とか
公立学校おかしいんじゃないの?
とか色々ぐるぐる考えている中で不登校の子に直面して。

その子が
「なんで学校に行かんきゃいけないの?」とか
「なんで勉強しなきゃいけないの?」って
聞いてきてくれて。

立ち止まっちゃった。

でも、わからないなら
一回離れて探せばいいかなと思って。

【サドベリーとの出逢い】

息子のそらくん

学校をやめてからはどうされたんですか?

サドベリースクールっていうところの
ボランティアをさせてもらいました。

学校と180度違うことをやっていて、
でもそこにはニーズがあって、

こういう教育を選ぶ人が
日本にもいるんだなって思ったんです。

結構衝撃でした。笑

サドベリースクールはどうやって知ったんですか??

教員時代に読んでいた本に、
「逆転の教育」っていう本があって、
その中に少し名前が出ていました。

その後「世界一しあわせな学校」っていう本をよんで、
気になりすぎて。笑

すぐに見学に行きました。

すごいなあ。
教育実習で実際に先生方を見て、忙しそうだなあと思ったのですが、教員をされている時もそんなふうに学ぶことができたのはなぜですか??

なんかずっと勉強をしても
自分の指導に自信が持てなかったっていうのはあります。

教員になる前に言われた
「学校の常識は社会の非常識だよ」っていう言葉が
すごい引っかかっていて。

その危機感は大きかったです。

学校っていうすごい狭い社会の中で
自分が積極的に足を運ばないと
人間関係も狭くなっちゃうし、

教室深入ったら自分がお山の大将になっちゃうし、
そんなの怖いって思いました。

自分が合ってるとか思うのこわ!
ていうのはすごく思っていましたね。

なるほど

教員時代から今でも、
大学の同期で月一集まって
実践報告とかをする勉強会をしているんだけど、
当時その仲間には本当に救われていました。

現在


2018年のドリームマップ

ー現在は何をされているんですか?

今はオルタナティブスクールっていって、
フリースクールのひとつをやっています。

スクールを立ち上げたのが4月なので、
今半年くらいですね。

先生のいいところを教えてください

今、離れてこそ思うのは、
学校に行けば子どもがいるってことかな。
当たり前のことなんだけど。笑

でもいざ自分が独立すると、
まずその関わりたいっていう子どもが
目の前にいないんだよね。

集めるところからしなきゃいけないんだってことに気づいて、

なんて恵まれていたんだ!って思ったよ。笑笑

先生になる上で大切だと思うことはありますか?

んー
変わることかな。

学校って変わんないんだよね、いろんな面で。
「じゃあ前年度通りで」
とかっていうのが脈々と続いている。

何のためにやってるの?っていうものも色々あるし
もうそういう時代じゃないよっていうのを
ちゃんと知って変わり続けていかないと、
ちょっと日本の教育やばいよなあっていうのはすごい思う。

息子がいるんだけど、
テレビ画面に向かってこうやってやるの。
(指を画面上でスライドする動き)

iPhoneを動かすのと同じことしてるんだよね。

2歳でも携帯のカメラを使いこなしてて。笑
自分で好きなプラレールの写真撮ってるんだよ。

デジタルネイティブってこういうことか!って思った。笑

さいごに


インタビューした日、宮澤さんのお友達との食事にお邪魔した
みなさん教育関係の場所で働いている

今大切にしてること思っていることはありますか

自分が大切にしてるのは…自分かな。

なんかこう言うと誤解が生まれそうなのだけど…笑

自分自身であることかな。

まあなんかやっぱり焦るんだよね。すごい。

今まで学校っていう組織に守られていたから
経済的な面でも、仕事の面でも、
いろんな面でも守ってもらっていたな
って最近すごく感じていて。

焦るからこそ隣の畑がよく見えるんです。

あれやったらいいんじゃないかとか、
こうしなきゃいけないんじゃないかとか。

すごい思うけど
でも、

真似したところできっとダメなんだろうな
ともすごい思っていて。

自分自身の魅力をつけていかないと
どこでどう働いたとしても
うまくいかないんだろうなと思います。

そうですね。
自分自身の魅力をつけるため、
学び続けていきたいです。

ありがとうございました!!